社会を変革する映画去年はなぜか、非劇場映画というのでしょうか、「ナヌムの家」「ふれあうまち」「女たちの証言」「鏡の無い家に光あふれ」とポワリエ監督の「声なき叫び」等をみました。
「声なき叫び」はIはねこさんが男性を分類するときの基準にされていた映画です。Iさんが見られたのは女性達が自力で輸入し、税関とぼかしの交渉もして字幕をいれて自主上映した時のでしょうか。これが89年カンヌの国際映画祭にかけられた時、始まってすぐ延々と続くすさまじい暴行シーンに耐えられなくて男達がぞろぞろとでていってしまったと、共同通信の松本侑壬子さんとともに見ていた高野悦子さんに伺いました。レイプシーンてそう多くみていませんが、今までの映画では、着物をぬがされる女性の裸に私も期待するところがあったと思うのです。女性の体を見おろす男性の視点・又は傍観者の視点で描かれたものを見て、自分も、女性の体を見おろしていたのですね。
しかし、この映画は女性の体でなく犯す男の醜い表情のみを、犯される女性の視点から徹底して描いています。「私の作品は常にフェミニスト映画なのです。」てすごいはっきりした発言をされていますが、この映画は見事でした。
O美保(1997年1月18日)
Oさん:
> 「声なき叫び」はIはねこさんが男性を分類するときの
> 基準にされていた映画です。Iさんが見られたのは女性達が自力で輸入し、
> 税関とぼかしの交渉もして字幕をいれて自主上映した時のでしょうか。そうです、あのときのです。「女たちの映画祭」の一員として、京都で自主上映し、大阪では「保育係」をやりました。
監督が来日されたので大阪まで一緒に行ったのですが、当時はまるで英語が話せず、つらいのなんのって(その後、ナイロビ会議でワークショップを開くために勉強したのだ。えらいな〜!)。
強姦される女性の視点から描いたシーン、つまり男が覆い被さって罵声を浴びせたり、ビンタを張ったり、顔めがけて(=カメラに向かって)おしっこをぶっかけたりする映像は、強烈でしたね。
ただ、ストーリー(強姦された主人公は自殺する)は納得できなかったな。強姦をストレートに告発するのならノンフィクション(ドキュメンタリー仕立て)にしたほうがいいし、映像「作品」なら、もっとひねりと奥行きが欲しい、と。
昔の「ゴジラ」や「ウルトラマン」は、娯楽性とメッセージ性を兼ね備えていたのかもしれません。
O さんに、一つ。
「声なき叫び」上映会は、男を分類する基準に使ったのではなく、パートナーに女性問題をつきつけられた男たちに「自分たちで考え、話し合う場を設けたら」と提案し、それが実現した例の一つとして紹介したつもりでした。こんなハードな映画を見に来るぐらいですから、パートナーに何か言われた(それを真摯に受けとめようとした)男性が多かったのです。町工場の職人さん、本屋の店員さん、大学の先生など、いろいろ。背広にネクタイのサラリーマンと学生がいなかったのが象徴的といえるかもしれません。
Iはねこ(1997年1月18日)
『ナヌムの家』は見ました。同じ監督の(前作になるのかな?)『アジアで女として生きるということ』はドーンセンターでビデオ借りて見ましたが、このときより数段成長したようで良かったですね。たぶんナヌムの家の住人たちと出会うことで、監督(すごく若い女性監督ですよね。ビョン・ヨンジュさん)もスタッフも人間的に成長したんでしょう。
元従軍慰安婦のばあちゃんたち、陽気な人も暗い人も自分勝手な人も仕切りたがりの人もいろいろいて、すんごく面白い。こういう自分語りやコミュニケーションのいろんなありかたを見てると、アサーティブトレーニングの提唱する(?)画一的「さわやかな自己表現」なんてアホらしくてやってらんないって気になります。私の場合、フェミニズムは生きるための(世界を把握するための)ひとつの武器ではあるけれどそれ以上のものではない(もしこの武器を失っても何かまた捜すだけ)。映画は私にとってひとつの環境であり世界そのものであるから、これを失うと私がまるごといっこなくなってしまう(ま、別の自分は残るだろうけど)ってとこでしょうか。だか「フェミニズム的に良い映画/悪い映画」としか言いようのない映画ってのは、多分「悪い映画」ではないかと思ってます。美しく儚げで男に尽くすヒロインを「女が哀れでいい!」と思う自分も確かにいるわけだし、そんな世界も存在する。そのとき私はフェミニズムの道具を手にしていないわけだけど、それはそれでいいと思ってるんです。
文化人類学でいうところの「異文化を“観察”し“記述”する行為に内在する権力性」は、男性監督が描く女性映画にも常に感じることだけど、では女性監督がそれを免れるかというとそうじゃないし。女性に対する差別的な視線から完璧にフリーである映画なんてかつて一度も撮られたことがないだろうし。また、世間でフェミニズム映画と目されるものでも、私が面白いと感じるものは、別にそのフェミニズムのメッセージに反応して面白いと感じるわけではない、つまらないものはどこまでいってもつまらない。
jaja(1997年1月18日)
おすすめ女性映画・女性監督の劇映画
◎『かたつもり』河瀬直美1993前後?
母親がわりに自分を育ててくれたおばあちゃんとの心の交流。
◎『につつまれて』河瀬直美1994前後?
小さい頃生き別れになった父親を尋ねる心の旅。自分自身の心をみつめる素直な視線がいい。
○『冬の河童』風間志織1995
親を欠いたきょうだいたちで住む古い家、古い田舎町とそのなかの幻想風景、そして家族の解体。
家族をみつめた静かな映画です。・女性監督のドキュメンタリー映画
○『ルッキング・フォー・フミコ』栗原奈名子1993
ニューヨークで知り合い癌で亡くなったフェミニストと、彼女の生きてきた日本のウーマンリブ運動を尋ねるドキュメンタリー
○『痴呆性老人の世界』羽田澄子1996
痴呆性老人をみつめたドキュメンタリー
『歌舞伎役者片岡仁左衛門』羽田澄子1995
仁左衛門のドキュメンタリー・頑張る女性が主人公になる劇映画
○『一番美しく』黒澤明1944
軍事徴用された工場の女子労働者たちが、与えられた目標以上の生産目標を自分たちに課し、それをみごと達成するまで。
戦争宣伝映画ではありますが、女子労働者たちの頑張る姿が美しい黒澤明にめずらしい女性映画です。
○『骨までしゃぶる』加藤泰1966
明治時代、廓に売られた女が、他の女郎たちと協力して廓に刃向かい、廃娼運動家と通じて好きな男と一緒に逃げるまで。
女の痛快活劇です。
『マルサの女』伊丹十三1987
『ミンボーの女』伊丹十三1992
宮本信子主演の闘うキャリアウーマンもの
○『女がいちばん似合う職業』1991
桃井かおり扮する中年女刑事が、岡本健一扮する美少年犯罪者を追う。
○『お引っ越し』相米慎二1993
離婚する両親をみつめる少女の心の旅と成長。京都と琵琶湖が舞台です。
『毎日が夏休み』金子修介1994
大島弓子の少女マンガが原作。
登校拒否の少女と登社拒否の父親が商売を始め、家族を再生するまで。
○『GONIN 2』石井隆1996
女5人のヴァイオレンスアクション映画。
宝石店強盗でたまたま出会った世間からのおちこぼれ女たちは…
『ひみつの花園』矢口史靖1996
“史上最強の銀行員”若い女性の奮闘を描いたコメディ・韓国人の女性監督ですが
◎『ナヌムの家』ピョン・ヨンジャ1993
もと従軍慰安婦たちが一緒に住む家。
その生活のなかに若い女性監督が入りこみ、過去の話を聞き彼女らの今を見つめるドキュメンタリー
○『アジアで女性として生きるということ』ピョン・ヨンジャ
妓生観光など売春を考えるドキュメンタリー
jaja(1997年4月20日)