WinK Cine Club???映画

ディープ・インパクト


今日は水曜日。
わたしは水曜休みなので、いつもレディスデー1000円で映画に行けるのですが、今日は1日で男性も1000円なのだった。

小倉ピカデリーという映画館に「ディープ・インパクト」をみようと、15分ぐらい前に着いたのですが、なんと並んでいる。
席も満杯でした。
こんなに混んでる中で映画みるの久しぶりでした。

今日、映画行った人、どうでしたか?

北九州の情報誌「おいらの街」というのがあって、それのおすぎのシネマトークといコーナーで「人生を感じた」、と「CGのすごさ」というのを読んで「ディープ・インパクト」をみようと思ったのですが、CGは最近でもスフィアとかボルケーノとかみてて、それほどすごいと思わなかったのですが、巨大な彗星が地球に衝突する。助かるために作られた地下都市に行けるのはアメリカ国民の中で100万人だけ。科学者など必要な人が20万人、あとの80万人はコンピューターが選ぶ、というのですが、50才以上はその対象とならないのです。
50才とはひどいですよね。

でも、それより印象に残ったのは、彗星を爆破させるために飛ばしたメサイアの宇宙飛行士の女性。
最後の作戦でもう自分たちは帰れないとわかりながら、「歴史に名前が残るわ。やりましょう」と言ったこと。彼女がいなければ最初に爆破装置の取り付けに失敗した段階で終わっていて、あとの作戦もたてられなかったでしょう。彼女には夫も子供もいる。
かっこよかったです。

結局最後の作戦が成功し、津波はおさまり、彗星を発見した少年も助かった。
宇宙飛行士たちは犠牲になったけど、英雄として歴史に残るでしょう、などという大統領のメッセージで終わる。

選ばれなかった者の行動として、逃げるか逃げないか、どっちの行動をとるでしょう?
わたしだったら、どこかの高い山の上のほうにでも逃げるかな?
それとも主人公の親子のように海辺で津波を待つでしょうか?
T 尚子(1998年7月1日)

いつもいつも映画をそんな見方しているわけではないのですけど、どーもつまらんアメリカ映画をみるとアメリカ社会の(ひいては世界の)精神病理みたいなものに想いを致してしまうのでありました。『ディープ・インパクト』ですけど、夏休みだからなのかなんなのか、満員御礼。なんでみなさん(ふつうのひとびと?は)同じような題材の似たような映画にこうして詰めかけなさるんでしょうね?

監督が女性監督(ミミ・レダー)でしかもスティーヴン・スピルバーグの弟子筋にあたるからその関係を投射したというわけでもないのだろうけど、これってあからさまに「父親と娘」(daddy and daughter)の話じゃないですか。

だから主だった3人の父親のキャスティングが(ひょっとしてこれだけがこの映画の美点か?)みごとで、ひとりは腕に刺青のある(そのことがこの黒人大統領のバックグランドを示している。黒人ということでもともと傷--有徴--を持つ者であるし)モーガン・フリーマン(アメリカの/全世界の大統領)、ひとりは古女房を捨てて若い女に走った外国人の(これはどこの外国訛りという設定なんだろ?若い新妻のクロエってのはフランス女かな?)マクシミリアン・シェル(これって恥ずかしながらエンドクレジット見るまで誰だかわかんなかった…なんだかすっげえ久しぶりのような気がする。かつては鬱陶しいぐらい厚顔な存在感のある役者だったけど「どこか変」な部分はそのまま眼光鋭さなどに残ってるんですが、なんか背丈とか縮んだんじゃないかな?)と、あとひとりは過去の栄光だけを誇りに生きる宇宙飛行士のロバート・デュヴォール(このひとは大大大好き。今回の映画でもいっちゃんかっこいい役を振ってもらってたね。こちらもずいぶんと色気が抜けて枯れたおじいちゃんになってきたけど…)。
でもって、それぞれに弱さを持つ弱い父親らは、いずれもしっかり者の娘の助けがないとだめなのよって話なんじゃないでしょか?

これはフランス映画の『アサシンズ』(マチュー・カソヴィッツ監督)を横においてみるとよくわかるというか。あれも父親(これを演じるミシェル・セローがこれまたよい)が当初はかっこいいジジィ殺し屋として登場しながら、息子を鍛錬するうちに自分の予想を超えて(いろんなハプニングを経て)べつの息子に追い抜かれ病を得て老いておしっこ垂れ流し、見切りをつけた息子がだまって彼を殺そうとするもピストルは不発(弾が入ってない)という体たらく…。じつにやりきれん。どう転んでももう世界に「強い父親」などあらわれないって話なのね。

で、そこからが『アサシンズ』と『ディープインパクト』をへだてる決定的な現実認識の差といいますか、後者にでてくる少年(イライジャ・ウッド)はたまたま彗星を見つけたという僥倖のおかげで父親(この場合は父なる大統領)に選ばれ、幼くして妻を得て、家族を守るというような人間的成長を偶々(ほんとにたまたま)獲得することができる。
 対して前者に出てくる少年(年齢も似たようなもんだろか?映画初出演だというメディ・ベノーファというこの少年、実にいいのです)は、頼りになんない兄貴分なんかよりずっと肝っ玉が座っていながら、おまえは無価値だと学校に締め出され、父も兄も勝手に自滅してった末にひとりになって、学校で銃を乱射するというアンチクライマックス(ここはドラマチックな演出もできようけどもそれを避けている。なにか現実感のないようなテレビ画面で事件が示されるのみなのです…)を迎える。
カソヴィッツの演出って好きです。前作『憎しみ』も素晴らしかったが。

いかにハリウッド映画が能天気で現実味のないモラルを大衆に押しつけようとしているかがよくわかるというか・・・人類を救うためにヒロイックに死すというそういうヒロイズムは鉄腕アトムの最終回でもう終わったからよしてほしいわ。しかも一般人含めて誰かが崇高な犠牲にならなければならない、で、それはほかならぬアンタだというメッセージもこめられている。

メサイア号の乗組員がロシア人に女に黒人に…という実にPCな(ポリティカルに正しい…つまり偏向していない…)メンバーであることはまぁ『エイリアン』でも『スタートレック』でもなんでもそうなんだからええとして、東西冷戦で残ったミサイルも無駄やないでぇ!すべて彗星に撃ち込むでぇ!(その作戦は失敗したけど)というプロットにもちょっと笑いました。
jaja(1998年7月23日)

ネタかぶりを避けアルマゲドンの公開とぶつからんように急いで作ったらしいだからILMの技術がちょっとお粗末?
解説:ILMはGルーカスさんちのSFX製造会社で、映画のSFX技術を批評するときに「今回のILMはいまいち」と引用されることが多いです。
栗田 奈美(1998年8月14日)

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