社会を変革する映画我がHPとダブルで申し訳ありませんが、ビデオでみた「ハイヒール」(スペイン)について書いてます。
「秋のソナタ」「私の好きな季節」もこの2〜3日の日記に記録しています。
というのは、大学(関学)で講義する教材「母と娘の関係」の関連映画を何本かフラッシュ的にピックアップしてビデオ編集するための準備を今しているからです。その下準備のノート的なものですが読んでいただければうれしいです。
KHPより転載
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映画評論家のJさん(彼女は今春『エスクァイア』に「ヌーベルバーグ映画案内」を執筆)にビデオを入手してもらった今秋の大学での講義用の教材に予定している『ハイヒール』(スペイン 91年)を見る。監督はペドロ・アルモドバル。
この映画の評判は映画記者のNさんからも聞いていた。すっごく面白かった。
テーマは「偉大な母を持った娘の葛藤と嫉妬そして共依存」「母と娘の恋愛もの」ってところか。
母親は有名な歌手(マリサ・パラデス)で幼い一人娘(ビクトリア・アブリル)をマドリッドに残し芸能活動のためにメキシコへ旅立つ。
以来、娘の結婚にも帰国せず。娘、27歳のとき突然、母が帰国することになり期待と不安でいっぱいの娘。母を待つ空港ロビーから話しは始まる。そして、娘の回想シーン。母にはいつも男がいる。自分の居場所のない娘。母の帰国は何のため?娘が結婚した相手はもと母の愛人で女たらしのやり手で新聞記者から身を起こし成功したプロジューサー。現在はTV局の社長。
娘はその局のキャスター。そして、その彼の妻になっている。
母が夫と再会。娘の嫉妬。娘にはゲイのショーで母の真似をして人気の男友達がいる。そして、数日後、娘の夫が殺される。犯人はだれか?
「ママを傷付けるために夫を殺した」
「ママの元愛人と結婚したのはママに勝つため」
「ママはまだ彼(夫)がママに気があることをたしかめるために私の前に突然現れたんじゃないの」
と母を叱責する娘。
「『秋のソナタ』よ。知ってる?高名なピアニストの母と平凡な娘を描いた映画よ。それは私のこと!」
娘が母親に向かって言うこのセリフにハッとする。
そして、我が意を得たりとうれしくなる。
教材に『秋のソナタ』も取り上げるつもりだったから。
「ママには勝てない」と強く嘆く娘。
「幼い頃、いつからかママが帰ってくるママのハイヒールの音を待つようになったのよ」・・・・「神様、私は嘘をつきました。でも、私は母ですから。娘の罪を背負いました」
嘘の自白をして夫殺しの娘をかばう母は臨終の床。
傷つけ合いながらもやっと不在と不和の溝を埋めようと必至で近寄りはじめた矢先であったのに・・・・
ストーリーは深刻に思えるが、マンガチックなとこもありで笑える映画。
Jさん曰く、
「これだけの強い密着のあいだにはいれば、男は文字どおり『女々しく』なるか、あるいは死体にならざるを得ない。ちょっとマンガチックではありますが、ゲイの監督であるアルモドバルだからこそ描けた部分もあると思います」
「ちなみに母親役のマリサ・パラデスが着ているのはアルマーニ、娘役のビクトリア・アブリルが着てるのがシャネル、手話通訳の女性が着ているのはシビラなんだそうです。
このブランド選択にも、それぞれのキャラクターがあらわれていると思われませんか?いわゆるシャネラーのひとって、どこか母親依存がぬけきれない娘娘したひとが多いような気がするし・・・」
う〜ん、さすが観察が鋭い。赤と黒が色彩が印象的で、男よりも女が格好良く描かれた映画だ。
K 明美(1999年9月5日)
10年ぶりにヘルマ・サンダース・ブラームス監督・
ブリジット・フォッセイ(「禁じられた遊び」のあの子役)主演の
『エミリーの未来』をチェック。シンドイ映画でした。
ブラームス監督は母親の戦争体験を描いた『ドイツ・青ざめた母』、
ベルリンの壁崩壊前の東ドイツの女性の生き方を描いた『林檎の木』
などの作品があり岩波ホールの高野悦子さんの肝いりの監督。
ブリジット・フォッセイが演じるのは女優、イザベル。
エミリーはその幼い娘。ベルリン育ちのイザベルの母親はフランス将校と
恋に落ち18歳で結婚し、舞台女優の道を断念し主婦業に専念。
イザベルは母親の轍を踏まずに女優の道に。エミリーを未婚で産んで、
現在また別の男と恋愛中。その育児は両親が引き受けている。
そんな状況の中、久しぶりに娘が帰郷してきた。
母親の夫に対するルサンチマン、やりたいことをやっている娘への嫉妬
母親の中に自分に対する憎しみを感じ取っている娘は、
「だから家に帰らないのだ」と母親を詰る。
そして、撮影が始まり再び旅立つ朝に、
「お前には孫娘を任せることはできない。
自分たちの家は孫娘を相続人にしたから」と
両親から告げらてしまう。「私にはもう帰るところがないの」と
嘆きながら家を去る娘。その後、娘が主演した映画のインタビューを
テレビで見ていた母親は、画面に向かって「何という偽善!」と
嘲笑する。そこでこの映画は終わっている。
ああ、何という厳しい親子関係であることよ!
軍人であった父親は規律ある生き方を
是とする厳格な価値観の持ち主。
母親はそれに殉じて自分本来の価値観と欲求を押さえ込んでしまい、
娘をサポートする側に回りたくとも回れず屈折し、
娘を憎む感情に支配されている。
ところが、この母親はもし、夫が今、急逝したとしたらどうなるだろうかと
考えると面白い。案外娘の側の人間になることが出来るかも知れない。
男の価値観の呪縛からの解放!ってことに。
自分の世界を持ち大きく羽ばたこうとする娘。
そんな娘を自慢に思いつつも、そうできなかった自分が惨めに
思えて娘に憎しみさえ感じてしまう母親。
こうしてシネマ数本からでも母娘の関係をいろいろ語ることが出来る。
それにしても重いテーマにすっかり疲れてしまったしだいです。K 明美(1999年9月8日)